子どもの死生観の育てかた

中高生のころ、精神医学、心理学、だのに興味をもったことがあって。

それは下地としてはやはり、自分のバックグラウンドに原因があっただろう。怒りとか憎悪、暴力衝動がどこからくるか、知りたかった。ひとの心のことが知りたかった。

そして、火付け役としては映画「羊たちの沈黙」だったと思う。たぶんその頃、地上波で放映されていて、うちに録画したVHSがあった。これを見た後はますます、図書館に行っては、そういったキーワードに引っかかる本を乱読していたと思う。派生して、解離性人格障害や、猟奇殺人とか快楽殺人に関する本も読み漁った。

24人のビリー・ミリガン―ある多重人格者の記録〈上〉
ダニエル キイス
早川書房
売り上げランキング: 418,432

ダニエル・キイスの本は、だいたい高校時代ぐらいまでに何冊か読んだと思う。

果ては、高校時代は「そうだ医学部に行こうかな」と思っていた時期もあったので、精神科医になりたいと思っていた時期もある。親に瞬殺で否決されたけど。あちらはそんなことがあったとは覚えてもいないだろうな。

 

ところで、生い立ちに問題があるひとは、やはり人間性に困難を抱えがちだという話がある。

DV親の子は、またDV親になることがある、というような。

自分自身の感覚をもって断言するのだけども、たぶん的を得た読みだと思う。

しかし、DV育ちのすべてが、長じてDV親になるというわけではない。理屈の上から言って当然で、例外のない原則はそうあるものではないし、被害者側であったわけだから、加害者側の属性を憎むのは普通のことだ。理性ある大人なら、憎悪の対象に自らなろうという考えを持つことはない。

しかししかし一方で、問題解決の方法として、暴力を採用するというケースを目の当たりにしてしまった経験は、削除し難いものがある。

だって、

見てきたんだ

もん。

独創的なアイデア、というのは、そうそう生まれないものだ。穏やかで幸せな家庭に育ったひとの多くが、「しつけ」「教育」「ストレス解消」「防衛」…言い訳のいかんを問わず、身内に暴力を振るうといったようなことは「その発想はなかった」というパターンが多いのではないだろうか。その逆で、DV家庭に育つと、激昂した大人が別の大人や子どもを、競技(スポーツや格闘技)の場面でなく、ボコボコにするというシーンを何度も見ている。

そしてまた、器質的要因とか、フィジカル面も、やっぱり、「DV親の子が、またDV親になる」という可能性を押し上げているだろう。血圧や血糖値の上下の仕方や、脳内物質なんかの分泌の具合。形質は、遺伝する。

そして、これらが、わたしが結婚や、自分の遺伝子を継ぐ子どもをもうけることに躊躇があった…少なくとも積極的に考えてこなかった大きい理由の一つだ。

そして私は、自分の親が憎い。

 

結局のところ、DV育ちが、自らもDV親になるかどうかは、

暴力に対する親しみ …の総量と、

暴力に対する憎しみ …の総量を、

理性で比較して、後者が勝てるかどうかにかかっていると思う。万物の霊長であることへのプライド、理性ある存在しとしての自負が機能するかどうか。

同じ過程で育っても、暴力への嫌悪感が低く育つケースと、高く育つケースがあるのを、私はこの目で見ている。

 

…つうわけで、いま話題の絵本

だいぶ話がそれちゃったけども、そんなこんなで、深い淵を覗いてみたことがあるつもりのほうとしては、無難な死生観を養うにはどうしたら良いか、に興味があります。養うとか育てるとか思ってる時点でだいぶ傲慢なのかもしれないけど、手付かずで、気付けばなんも持ってなかった、みたいになるのも困ります。

よく分かんないセンスを、未熟な屁理屈で正当化して人の意見を容れないような、ねらーみたいなヤングに育っちゃうと、もう手が付けられないし。

ママがおばけになっちゃった! (講談社の創作絵本)
のぶみ
講談社
売り上げランキング: 398

ちょっと色々と卑怯なんじゃないかという、斜に構えた印象も持ちつつ、でもちょうど、その辺のことについて思案していたところだったので、ポチった。レビューはまた追って書くかも。

今朝、とくダネで取り上げられてました。

 

ところで作者の「のぶみ」死のプロフィールがアツイ

公式サイトより、

幼少期~学生期

小学生の時にいじめによる自殺未遂を二回。
高校生の時に池袋連合総長。
実家は、キリスト教の教会。
専門学校の頃に現在の奥さんのために絵本を始める。
(詳しくは、自分ルールでいこう、暴走族、絵本作家になるにて。)

アツいなあwww

ちょっと喋ってるところを拝見してみたい。早く本が届いて欲しくなってきた。

 

毒親育ちのひとは、結婚するのも、子どもを作るのも怖いだろうけど、怖がったりするセンスがあるなら、そこが希望の光ということもあるんではないかと思う。

毎日いろいろあるけれど、私にとって一番大事なのは子ども、という軸は一本通った。

全てのことを、その軸に沿って意思決定していく。取捨選択していく。

なお、子どものことに盲従するという意味ではない。当たり前だが。

 

したらばこれにて御免。黒虎でした。

 

にほんブログ村のランキングに参加してます。競合ブログはどんなかな?チェックしてみてください~。そのクリックで当ブログのランクが向上します。ぜひ応援を♥

にほんブログ村 主婦日記ブログ ワーキングマザーへ にほんブログ村 主婦日記ブログへ にほんブログ村 ベンチャーブログ 起業家志望へ にほんブログ村 その他生活ブログ 街づくり・地域おこしへ

広告

コメントくれると喜びます!レスは不保証 (´・ω・`)

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中